NLPを実践して活躍する卒業生たち

更新日2016.12
片岡 貴子

片岡 貴子

職業 子育てセミナー講師、カウンセラー・コーチ

■娘達との長い愛の戦い

◆長女が拒食症、次女が不登校に・・・

私には二人の娘がいます。
そして、
続けて大きなテーマを私に投げかけてくれました。

まず、
長女が拒食症になったのは小学校6年生の春でした。
そして、長女の拒食症が良くなって来た頃、
今度は次女が不登校になってしまったのです。


◆命がけで長女が教えてくれたこと・・・

私は、
長女が拒食症になったとき、
直感で母親の関わり方を変えない限り拒食症は治らないと思いました。
誰よりも子供の側にいるのは母親です。

その私がどう関わっていけば良いのか?
そのヒントを探していく中でNLPのことを知り、
子どもと関わるにはまず、
私自身が、
自分と向き合う必要があると感じるようになっていったのです。

自分らしくありたい、
自分らしく子育てをしたい。
そう感じた私は、
NLPを勉強することが解決の糸口になるのではないかと考えました。


◆長女との戦いの日々

長女が拒食症になり2か月程経った頃、
一旦内科へ入院することになりました。
しかし、
病院でも食事は一切受け付けず、
体に栄養を送るために刺した点滴の針も自ら抜き、
挙句の果てに病院を脱走したのです。

私が病院に駆け付けた時には、
早朝、当直帰りの主治医の先生に連れ戻された娘は、
待合室で裸足で泣いていました。

「ママ、私を絶対病院に入れないで。
ママのそばにいさせて。
このままおうちで死んでいくことが私の幸せ。
病院に入れても絶対良くならないから」

そして、脱走を機に自主退院し、娘は自宅に戻りました。
定期的に病院へは通っていたのですが、
どうしても入院だけは拒んでいた長女。
しかし現実は、
娘の身長は143cm、
体重は18㎏になり、
トイレも1人では行けないほど筋力が衰え、
脳は委縮し心臓も小さくなってしまっていたのです。

「このままでは娘の命が危ない…」

意を決し、
検診と見せかけ娘を病院へ連れて行きそのまま入院させようとしました。
すべては娘の命を助ける為だと、
娘が嫌がる入院を選択したのです。

しかし、私が「入院をお願いします」とお医者様にお願いした途端、
娘は豹変し「嘘つき!裏切りもの!」と大声で叫びました。

そして、5ミリの段差も上がれないほど筋力が衰えていたその体で、
必死に病院の窓をよじ登り飛び降りようとしたのです。
娘の行動に、
私もその場にいた全員が目を疑いました。

その場は、看護師さん達に押さえられ、
結局後日の入院となり自宅へ戻ることになりました。

帰りの車の中でも隙さえあれば車の窓から飛び降りようとしました。

自宅に戻っても状況は変わらず、
娘はベランダをよじ登って、
何度も何度も飛び降りようとしました。
私は、飛び降りようとする娘を必死に制止し続けました。

「ママお願い死なせて!私なんか生きていても仕方がないんだ!」

制止しようとする私を振り切り、
そう叫びながら飛び降りようとする娘。
何度も何度もそのやりとりが続きました。
その中で、初めて私の中で娘と向き合えた瞬間があったのです。
椎名さんがよく言う「愛と意志」の愛の部分なのかもしれません。
この子に生きていてほしいとか、
このままでは死んでしまうという思いが、
スーッと抜けた瞬間でした。

「そんなに辛いんだね。死にたくなるくらい、どうしようもないくらい辛いんだね」

私は、そう言いながら暴れる娘をそっと、力強く抱きしめました。
その言葉を聞いた娘は飛び降りることをやめ、
私の腕の中で泣きじゃくりました。
そして、しばらくしてから肩の力が抜け、
そのまま、娘は私の腕の中で眠ってしまいました。


◆愛が一瞬で変えた!

その日の夜、奇跡が起きました。
入浴後、娘は私に冷蔵庫にあるゼリーが食べたいと言い出しました。
そのゼリーは、
万が一、娘が食べる気になればと思って
私が常備してあったもので、
それを知っていたようでした。

娘は甘いゼリーを口に運びました。
そして、
1口食べた瞬間にパッと表情が明るくなりこう言ったのです。

「ママ、ママ!私治った!」

私自身もその瞬間確信しました。
娘の目には光が入り、
体からはエネルギーが満ち溢れていました。
「本当に治ったんだね」
私達は抱き合い喜びあいました。
あとから娘が言っていた話ですが、
ゼリーを食べた瞬間に綺麗な光が自分に降り注いだのが見えたのだそうです。

拒食の生活から抜け出した娘。
しかし、
長い間きちんと食べていなかったせいで
肝臓等体の機能が弱っていたので、
元の生活に戻るには入院が必要でした。
あれほど拒んでいたのに、
娘は自ら進んで入院を決め治療に臨んだのです。

髪の毛が抜け落ちてしまうことにショックを受けながらも、
鉄格子の施錠された病室の中で
大好きなバラの絵を描きながら治療を続けました。
それからは、
お医者様が驚く程みるみるうちに回復していきました。

「ママ、私は治らないと思っていたけどママは治ると信じてくれたよね。
ママもきっと辛かったよね。無理やり食べさすことはせず側にいてくれてありがとう」

病院に行く車の中で娘は私に感謝の気持ちを伝えてくれました。
それを期に、
後戻りすることはなく無事中学校の入学式へ出席することが出来ました。

良くなっていく長女の変化は目を見張るものでした。
ところが、
やっと元の生活に戻れると思っていた矢先に、
小3の次女が不登校になっていったのです。


◆次女が教えてくれたこと!

「ママ、これ出しておいて」

ある時、次女が1通の手紙を郵送してほしいと言ってきました。
宛先は、子供の相談窓口。
私は心配になり、
投函する前にこっそり中を開けて手紙を読みました。

「お姉ちゃんはご飯を食べなくてお母さんとお父さんはつきっきりです。
私は、学校へいくと気持ちが落ち着かなくて胸がドキドキして、
いてもたってもいられなくなる時があります。
私はどうしたら良いのでしょう?」

後日、子供の相談室からの返事は次女が自分でポストから取った様で、
ぐしゃぐしゃにして捨ててあるのを見つけて読みました。
そこには、こう書いてあったのです。

「あなたが、いい子で一生懸命頑張ればきっとよくなります。」

それに気づくまで、
私の頭の中は90%が長女、
10%が次女でした。

長女が大変だった頃、次女は本当にいい子で一生懸命頑張っていたのです。
私は、そんな次女に甘えていましたし、
長女の拒食症が早く良くなれば、
元の生活に戻れるとばかり考えていました。
しかし、
順番を待っていたかのように、
次女の我慢していたものが爆発したのです。

「学校に行ってもいいし、行かなくてもいいんだよ。」

私は次女に言いました。
学校から遠ざけ、
できるだけ次女のやりたいこと楽しいことをやるように試みることしたのです。

「ママと二人で遊園地に行きたい。」
「ママと二人でカラオケに行きたい。」

次女がやりたいと思うことはなんでも実行し、
楽しい時間を共有しました。
そうしているうちに、
学校行事をきっかけに登校するようになったのです。

完全復活かと思えましたが、
私は直感でまだ終わっていないと感じました。
長女が治った瞬間に感じた様な感覚を次女には感じていなかったのです。

その予想は的中し学校へは行けるようになりましたが、
それと同時に毎日家の中で暴れるようになりました。

私が、親業やNLPを学んでいるにも関わらず、
母として次女の想いに答えることが出来ていないことへの次女の不満が
爆発していました。

「ママはそんなに学んでるのに、どうしてできないの?!」
「目の前に私がいるのに、どうして私を見てくれないの?!私を見てよ!」

机の上のものをなぎ倒し、
椅子を蹴り倒し、
壁を叩き、
娘は泣きながら私に言いました。
次女と接する時は、
地雷だらけで私の態度や表情、一言一言が次女を苛立たせてしまうのです。

でも、
日に日に少しずつ吐き出す内容が濃くなっていくのを感じていました。
もっと、
次女の感じていることを教えてほしい、
もっと、
聞かせてほしいと思う様になりました。

そして、
ついに次女が胸の中でふさぎこんでいた決定的な言葉を吐き出したのです。

「ママもパパもお姉ちゃんのことしか見ていなかったから
私がどれだけ辛いか分かるわけないよね?!
お姉ちゃんが良くなってからもずっと私が辛かったことに気づいてないでしょ?!
私のことなんて、本当は何も見てないんだから、気づくわけないんだ!!」

次女が、長女の拒食症の時の悲しみや苦しみをぶつけてきたのはこの時が初めてでした。
今までは、そんな姿を見せることはなく、
「お姉ちゃんが大変だった時、私はあの時頑張っていたよね?」
「私、偉かったよね?」
としか言わなかったのです。

本当は辛くてたまらなかった次女の苦しみに触れた時、
私の中で長女が死のうとした時と状況が重なりました。

「長い間気づかなくてごめんね。
どんなに辛かったか寂しかったか気づかなくてごめんね。」

泣き叫び、もがいて暴れていた娘を強く抱きしめ私はそう言いました。
すると、私の言葉を聞いた瞬間に次女の全身の力がスーッと抜けていくのが分かりました。
長女の時と同様に、そのまま私の腕の中で眠ってしまったのです。

「愛しているよ。大好きだよ。価値のある存在なんだよ。」

眠っている娘を抱きながら、1時間近く言い続けました。
そして、「ついに終わった」のだと確信しました。

その次の日から、
次女は別人の様に暴れなくなり穏やかな日々が戻りました。
そして、
その後は休むことなく明るく学校へ通うようになったのです。


◆長い「愛の戦い」を終えて

長女の拒食症、
次女の不登校と長い戦いが終わりを迎えました。

娘達を愛し、
大切に育ててきた自負があった私にとってとても辛い経験でした。
まさか自分の子供がそんなことになるなんて思ってもみないことです。

日々のネガティブな気持ちに対してNLPが私の心の支えになっていました。
どうしても椎名トレーナーの講座を受けたくて再受講したプラクティショナーコース。
毎回、涙を流しながら受講しました。

「次に会う時までに、いっぱい失敗しておいでね。」
椎名トレーナーから頂いた言葉で、
それまで母親としてうまくやらなきゃと
必死で過ごしてきた私の肩の力がスーッと抜けていきました。

子供とどう関わっていくかに意識をおいていましたが、
私自身を整えることが子供との関わり方に繋がることに気づいたのです。

ワークを通して自分自身を癒すことで子供達との関わり方が安定してきたのです。
そして、
NLPを通して自分が変わっていくことで人との関わり方が変わり、
希望や可能性、
笑顔が広がっていくことを知り、
家族の幸せを感じることができました。

世の中には、
私と同じ様にお子さんが不登校や拒食症で悩んでいる方が
たくさんいらっしゃると思います。

これからは、
自分の経験をふまえて子育てセミナー講師として、
カウンセラーとして、
関わり方やコミュニケーションの仕方、
そして、支える側の大変さを知っている分お母さんの癒し方についても
お手伝いできればと思います。

NLPを受講するか迷っている方がいたら是非とも受けることをお薦めします。
体験することで得られるものはすごく大きく、
トレーナーさんのお話やそこで出会った受講生とのワークは、
本を読むだけでは得られない貴重なものです。

入門講座でも良いので、
実際に体験することをお薦めします。





Profile プロフィール
片岡 貴子
片岡 貴子

子育てセミナー講師、カウンセラー・コーチ
私たち母親は子どもたちを大切に思い、愛しています。
そして、その愛ある関わり方をほんの少し工夫することで、
親子の関係がより良く変化していくと感じています。
NLP、親業、カウンセリング、コーチングを学んで乗り越えてきた自身の体験が、
それを必要とする方々にとって役に立てたらと願い、活動しています。
お母さんが笑顔になり、
あたたかい愛溢れる親子の繋がりが拡がるサポートをしていきたいと思っています。

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