質問の持つ力

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質問の持つ力

2019年06月08日

ついつい自分に当てはめて…

一般的に人は、話を聞きながら
自分に関連させて理解しようとするものです。

私がトウモロコシや鮎、スイカが好きだと言ったとき、
自然と「自分はどうだろう?好きかな?そうでもないかな?」などと
考えてしまいがちなものなのです。

私が「夏よりも冬が好きだ」と言えば
「私も冬のほうが好き」とか「私は夏かなぁ」とか
「でも、やっぱり春が一番よね」とか、自分の場合に
当てはめた発想が浮かびやすいわけです。

そして、その上で「夏と冬では、どちらが好きですか?」と
質問されると、その質問に対して答えを考えようとするのは
更に自然な流れになっていきます。

ここでは文章を読むというプロセスの中ですから、
読むほうに集中して「夏と冬のどちらが好きか」を
考えない方もいたかもしれませんが、日常会話の中で
こうしたやり取りがあれば普通は質問に答えていただろうと思います。

このように流れの中で質問をされると
人は質問に対して何かを考えてしまう傾向があるようです。
逆の言い方をすれば、質問には答えを考えさせる強制力があるということです。

「夏と冬ではどちらが好きですか?」と聞かれれば
夏か冬かの二択で考えてしまう人も出てくるでしょうし
「日本は四季があるから良いんだ、夏か冬か、どれかが好きなんてないね」という具合に
季節に関して考えてしまう人もあるでしょう。

無理問答というゲームがありますが
これも質問されると考えてしまう性質を利用した遊びです。
2人で全く無関係な会話を続け、相手の話に影響されてしまったら負けというルール。

A「iPhone、売れてるみたいだよ。買った?」
B「爪切り、持っていますか?」
A「そこは何といっても、宇治金時でしょ!」
B「あと2,3年の辛抱だと思いますよ」
A「どこに住んでるんですか?」
B「横浜…」

というように、場所を答えてしまったBが負けになります。
やってみると分かっていただけると思いますが
これは非常に難しいゲームです。

それだけ質問を考えないようにするのは難しいということです。
仕事であれ、プライベートであれ、
コミュニケーションにおいて質問をする側は
質問の持つ強制力を分かっている必要があるはずです。

質問の強制力

質問は言葉の裏に命令を秘めているのです。
質問をされた側は答えなくてはならないという
暗黙の了解が働きます。

そのルールの中でコミュニケーションを続けてきた私たちは、
質問されると自然と答えようとしてしまうものなのです。

中には答えたくない質問もあります。
初対面の人から唐突に、「貯金はいくらありますか?」と聞かれたら
誰もが警戒するでしょう。

「いやいや、貯金なんてそんな…。微々たるもんですよ」などと誤魔化しながら
内面では質問してきた相手に不信感を抱くかもしれません。

自分が答えたくない質問に対しては、
答えをはぐらかすこともできます。
しかしそれも決して気持ちのいいものではありません。

その相手が見ず知らずの人であれば、まだ良いです。
適当に答えて、その場をやり過ごしても影響はないでしょう。

しかし、その相手がある程度の知り合いだった場合には違ってきます。
その後の関係を考えると、あまりに雑な対応は取りにくいものでしょう。

質問という暗黙の要求に対して
最低限その要求に応じられるように答えを考え出します。
その上で、答えにくい部分を上手く隠すわけです。

また、話の流れも重要です。
自分に関する話をしている流れであれば、
その内容に対する質問は更に強制力を増します。

答えとして言葉に出すかどうかの前に
無意識に答えを探りにいってしまいます。

答えたくないこと、考えないようにしていること
思い出したくもないこと…、そういうことであっても
質問されれば意識してしまうものなのです。

多くの人は、答えたくない気持ちを抑えながら、一応質問に答えます。
しかしそういう時に出る答えは、はぐらかしたような内容であったり
冗談交じりのものであったり、嘘であったり
あまり関係のないことであったりすることもあるでしょう。

これは質問から逃げようとする行為と言えます。
「そんな質問しないで下さい」というメッセージなのです。

そういう状況でも、交渉術の上手い人は
答えたくない質問に対して別の対処ができます。

ハッキリと「その質問には答えられません」と言うこともできれば
逆に「どうしてそんな質問をするのですか?」と質問を返したりもできます。

しかし、多くの人は違います。
質問をされたら、知らず知らずのうちに答えようとしてしまいます。

その質問が答えたくない内容のものであればあるほど
質問の強制力にプレッシャーを感じながら、
答えたくない自分との葛藤を抑えながらも、
なんとか頑張って逃げるための答えを言うのです。

冗談交じりに答えたとしても、その内面は苦しんでいるのです。

あらゆる質問は答えを考えさせるという部分において、
必ず相手に負担をかけているわけです。

だからこそカウンセリングでは質問に気を配ることになります。
あえて「答えたくないことは答えなくてもいいですよ」と許可を出しておくことも、
安心感を作り上げる技術として有効です。それも質問が負担を強いることを
知っているから出てくる言葉なのです。

 

強制力を増す関係性

昨今、世の中では質問力の重要性が
強調されることも多くなってきたようです。

質問力を磨こうとするのであれば、質問という行為自体が
持つ強制力を知っておく必要があると思うのです。

確かに質問は大切です。日常のコミュニケーションで会話が弾むためには、
質問が大切な位置を占めます。

「緊張してしまって会話が続かない」
「自分が何を話せばいいのか分からない」というような相手なら、
こちらが質問を心がけるだけで随分と気楽に会話できるようになるでしょう。

こちらが相手に対して関心のある事を聞くこともできますし
相手の話に対して質問をすることもできます。

話を詳しく、具体的に聞こうと思えば、質問が途切れることはありません。
相手が話したい内容であれば、質問によって会話が盛り上がることも考えられます。

コミュニケーションに苦手意識がある相手には
気になったことを詳しく質問するという心がけをすることは効果的です。

会話が続かない気まずさを解消する目的であれば
何でもいいから質問をするという方法も、相手に救いの一手になるでしょう。

そのような意味では質問の持つ強制力は
さほど気にする必要はないのかもしれません。
重要なのは、考えさせる質問をする場合です。

最近、話題にのぼる「質問力」というのは
コミュニケーションを通じて何らかの成果を求めている場合に
使われる言葉であるように思います。

お客様との関係や、上司部下の関係、様々な面接の場面など
目的とする結果を引き出すために質問を活用するという考え方です。

社内にコーチングの技術を導入するという場合にも
仕事の成果を引き出すためのコミュニケーション技法として
質問に重きを置くことが多いように見受けられます。

組織内でのコミュニケーションにおいて、質問は非常に重要です。
質問によって発想が広がることもあれば、質問されることで
新たな着眼点を学ぶことも可能です。

無意識に蓄えられた経験を質問によって整理して、
その後の仕事への強みに変えていくこともできるわけです。

それだけのメリットがあるからこそ、
質問の持つ強制力を知っておく必要があるのです。
上司が部下に質問をする。

そこでは人間関係によって
更に強制力が高まっていきます。

だからこそ、部下にしっかりと考えてもらうことができるのです。
上司部下の関係は、質問の持つ強制力が効果的に働く場だと言えるわけです。

しかし、同時にその強制力が逆の方向に働くこともあります。
部下が言いにくい内容への質問は、負担を大きくします。

失敗をしてしまった場合には
答えにくさから嘘につながることさえあるでしょう。
上司の権力が強い風潮の中ではアイデアや改善策を質問しても
部下からは本音の答えが返ってこないことが当然のように起きてきます。

質問には強制力があります。
そして、人と人との関係性が、その強制力に影響を及ぼします。
ですから、質問をする前に、相手との関係性を良好なものにしていくことこそが
優先されるべきではないでしょうか。

相手の期待する関係を

 

質問においては、「どういう質問をするか」も大切ですが
「どういう関係性の中で質問をするか」も大切だと言えます。

何も、居酒屋で友人から考えさせる質問をしてもらう必要はないかもしれません。
もし、それが「将来が不安だから話を聞いてくれ」という頼みを受けて
居酒屋で話している場面であれば、質問によって色々と考えてもらったり
将来のビジョンを描いてもらったりするのは意味のある行為でしょう。

しかし、それが久しぶりの同窓会で、
酔った勢いから5年後の夢を語りだした場面であったら
行動計画を立てるための質問が必要かどうかは分かりません。

むしろ、「おぉ、面白いなぁ!応援するよ。お前ならきっと上手くいくって!」と
いうように認めるほうが良いかもしれません。

それが、皆の注目を集めたい人の語った夢であれば、
「○○君ってスゴーイ!そんなこと考えてるんだねぇ。なんだか憧れちゃうなぁ…」と
褒めたたえるほうが喜ぶように思えます。

もしその相手が、夢を語るのが大好きでオチャメな友人であれば
「お前は相変わらずだなぁ。高校のころから色々と夢を語ってたよなぁ」というように
話を広げるのも良いでしょう。

将来についての話をするときに
誰もがその目標を本気で実現しようと思っているとは限らないのです。
そもそも本気で実現したい目標のある人は
誰かから何かを言われなくても勝手に行動をしています。

質問によって目標実現の手伝いをするかどうかは、
相手がその手伝いを期待しているかどうかを
把握してから判断すればいいわけです。

気づくのか、傷つくのか

このように、コミュニケーションは相手との関係性によって
変わってくるものだと言えます。

とりわけ質問においては
関係性を強く意識する必要があるでしょう。

質問で相手に考えてもらう状況なのか。
質問で相手の真意を探る必要がある状況なのか。
その中で更に自分と相手の関係性を考えた上で質問をするということです。

「何を質問するか」よりも
「誰が質問するか」のほうが重要なのです。

質問をされたら、自然と答えを探しにいってしまうものです。
質問をされて、答えを考えてしまったら、考える前にはもう戻れません。
考えないようにしていたことでも、質問されたら考えてしまうわけです。
気づきたくなかったことに気づいてしまうことだってあるのです。

世の中には気づかないほうが幸せなことだって沢山あるでしょう。
それでもタイミングによっては、気づいてしまうこともあるのです。

それが本人にとって良いか悪いかは分かりません。
ただ、気づいてしまったという事実を受け入れられるかどうかは
本人だけの問題ではないのです。

気づくまでに関わっていた相手との関係も重要なのです。
「傷ついた」と逆恨みを買うのか、「気づいた」と感謝されるのかには
関係性も影響するわけです。

つまり、誰が言うか、です。誰の質問だったかということです。
同じ質問でも、誰が言うかによって意味が変わってくるのです。

質問の技術を学ぶことは大切です。
しかし、相手にとって自分がどのような人間であるかどうかは、もっと大切です。

人は誰しも、苦しみながら生きているものでしょう。
だから自分を苦しめない人に安心感を抱くのでしょう。

質問は相手を苦しめる行為でもある。
そのことを知っている人には、おのずと相手も安心感を抱くはずです。

その人からは、人の苦しみを分かろうとする
誠実さが感じられるでしょうから。

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