ユーモアでリフレーミング

創始者米国NLP™協会認定資格取得スクール

ユーモアでリフレーミング

2019年06月10日

没頭するから切り替えられる

ここ数年、お笑いブームが続いているようです。
「もう、この流れも終わる」などと言われながら
流行りのお笑い芸人たちが入れ替わりつつ
テレビでは沢山のバラエティ番組が放送されています。

私は学生時代から深夜のラジオ番組を聞いていたり
演芸場や舞台に足を運んだりと、笑いに触れている時間が長かったものですが、
当時と比べるとメディアにおける笑いの位置づけが
随分変わってきているように思えます。

経済などの世の中の流れに影響されるものなのでしょうか。
クイズ番組や、若手のお笑い芸人を中心にしたバラエティ番組などは
製作費が抑えられるメリットもあるのかもしれません。

ただ、別の意味合いとして、現状に対する不安を
拭い去るように人々が笑いを求めているという部分もあるような気がします。

人の心理状態というのは複雑なものです。
いつでも1つの気持ちだけを体験しているわけではありません。

例えば、何か新しいことをチャレンジする場合のように
「不安と同時にワクワクした気持ちを感じながら、
両方の気持ちがある自分に対して困惑してしまう」という具合です。

その一方で、1つの状態に没頭してしまえる時もあるものです。
大好きな趣味の時間に集中していると
職場でのストレスを忘れてしまう。

そうやって気分転換を図る人も少なくないでしょう。

これは、職場で感じているストレスという心理状態から
趣味を楽しんでいるという別の心理状態に移ったということです。

ストレスがなくなったわけではありませんが、
ストレスから切り離された状態に移り変わったのです。

人の心は生理状態と結びついています。
NLPにおいて正確な言い方をすれば
感情と生理反応は一体のものであって
「状態」という一言にまとめられます。

体の中に起きている生理反応の感じ方に
対して名前をつけたものが「状態」なのです。

「あの人のことを思い出すと、なんだか
『胸がドキドキして、胃の上あたりがキューッと締め付けられて
喉の奥あたりが苦しい感じ』になるんだ」

「ふふふ…。お前も恋をしたんだなぁ」
「そうか、これが『恋』というやつか…」
という具合に、体の中の生理反応に対して
状態の名前をつけるわけです。

ですから、気持ち(状態)が切り替わるということは
同時に生理反応も変わっているということなのです。
職場でストレスを感じている場合には、
体の中にストレス時の反応が出てしまっています。

その反応は体にとって苦しいものです。

だからこそ一度、趣味の時間に没頭して状態を変える。
そして体の中の生理反応もストレスの状態から
解放してやることに意味があるわけです。

複雑な世の中を生きていれば、心の中も複雑になりやすいのかもしれません。
そんなときに1つの心地良い状態に没頭してみる。
そうすることで、体の中の生理反応から楽になっていけるのです。

バラエティ番組を見て、ユーモアに触れて
「笑い」という状態に没頭してみることが
現在の世の中の流れで求められている1つの救いのようにも思えるわけです。

思わず「笑い」が起きるとき

それでは、どうやったら笑いを生み出せるのでしょうか?
ユーモアのセンスとは、一体どのようなものなのでしょうか?

笑いが起きるメカニズムは非常に複雑なようです。
だからこそ、プロのお笑い芸人でも腕に差が出るわけです。

それを一口に解説するのは無理だとは思いますが、
今回は『視点を変える』という部分に注目してみます。

まず、笑いが起きる状況を考えてみましょう。
日常生活で自然と笑いが生まれるのは
何かドジな失敗があった場面が多いと思います。

滑って転びそうになったとか、靴下が左右違う色だったとか
急に声が裏返ってしまったとか、
クイズでトンチンカンな間違えをしたとか。

失敗した本人は恥ずかしいけれど
周りで見ていた人たちは面白い。

そんな時に笑いが起きることが多いわけです。

テレビで言えば、イタズラをして笑いを取る番組であったり
ドジなキャラクターの人物が奇妙な行動をする映画であったり
NG場面を集めた番組であったり。

つまり、予想外の展開に対して人は笑ってしまうわけです。
「その場面であれば、次はこうなるはずだ」という予想が無意識になされていて、
それを裏切られる展開が起こるとなぜか面白さを感じるようなのです。

小さい子供の行動など、その典型でしょう。

大人からすると想像もつかないようなことをしてくれるので
自然と笑いに包まれます。いわゆる「天然ボケ」と呼ばれる人たちも、
一般的な人が予想しないような行動・発言をすることで笑われていると言えます。

「ボケ」というのは「一般的な流れとは違った行動をとることで、予想を裏切ること」
と考えても良いかもしれません。

人を笑わせるのが上手い人、ユーモアのセンスがある人というのは、
この無意識の予想を裏切るのが上手いということです。

パターンを切る能力です。

無意識になされる予想は、1つの流れのようにも捉えられます。
笑いのプロに求められるのは、すでに進行中の「笑い」の流れの中で、
さらに予想を裏切り続ける部分なのでしょう。

見ている側からすると「次は、どうボケるんだ?」という期待があります。
予想外の展開が起こることを予想している中で、
その予想を裏切るための工夫をするわけです。

逆に普通のことを言ってみたり、同じことを2回言ってみたりするのが
ボケになるのは、そういうことじゃないでしょうか。

ちなみに、決まったパターンを繰り返すことで笑わせる方法もありますが、
それはNLPの技術でスタッキング・アンカーと呼ばれるものと考えられます。
簡単に説明すると、お決まりのパターンに「笑い」を条件づけしていく方法です。

 

笑いながら話さない

 

そして、何よりも難しいのが
予想をどのくらい裏切るかということです。

例えば、小学校の頃のドッジボールで
顔面にボールが当たって倒れた子がいたとします。

その子が立ち上がって「大丈夫だよ」と言う。
顔を上げてニコッと微笑むその口元で、前歯が一本抜けていた…。
それぐらいなら笑いが起きるかもしれません。

ニコッという笑顔で予想される歯並びを裏切った展開になったというわけです。

小学生ですから乳歯が衝撃で抜けることもあるでしょう。
しかし、倒れたまま起き上がってこなかったとしたら笑いごとではありません。

どちらも予想外の展開ですが、
予想を上回り過ぎると笑えなくなってしまうものです。

過激すぎることをやって聴衆の気持ちが引いてしまうのも
予想を上回り過ぎたケースでしょう。

ですから、ユーモアとして予想を裏切るためには
どの程度の予想がされているかを読み取る能力も必要になるわけです。

無意識になされている予想。場の流れ。パターン。
そうしたものを的確に読み取りながら、それを適度に裏切る。
こうした作業は、流れの中に入っていては上手くできません。

ある程度の客観的な立場をとって、流れを把握している必要があります。
その場の状況をしっかりと掴んでいる必要があるのです。
これも1つのコミュニケーション・スキルと言えるでしょう。

このような視点を持っていれば、ユーモアを言う本人は笑わないはずなのです。

面白かった話をしようとして自分が笑ってしまう人がいますが、
そうなってしまうのは流れの中に自分が入り込んでしまっているからです。

プロは笑わせようとするときに、自分が笑ったりはしないものです。
それは状況を客観的に捉えられている証拠でもあると考えられます。

関連性のズラし具合

ユーモアのためには、その場で起きていることを少し違った
角度で見ることも求められます。

その状況から予想される流れと関連させつつ
少し違ったことで予想を裏切る。

いわゆるダジャレとか、かけ言葉というのは、
会話の流れの中で出てきた言葉を拾い上げて、
語呂合わせで関連付けをしているわけです。

例えば、仲間と食事に行ったとき、食後にコーヒーを頼む場面。
店員:「食後のコーヒーは、アイスになさいますか?ホットになさいますか?」
A:「じゃあ、アイスで」
B:「アー、イイッスねぇ。…(ゴホン)…えーっと。僕もアイスで」
C:「何?アイスコーヒーだと?コーヒーはホットに決まってるだろう。
飲むと気持ちがホッとする…」。
という具合でしょうか。

ダジャレの解説はしませんが、その状況にある言葉と関連付けて
普通と少し違うことを言っていると考えられます。

関連付けが言葉のレベルで分かりやすい反面
予想を裏切る度合いが小さいのかもしれません。

かといって、全く関連がないことでは
予想を上回り過ぎてしまいます。どこか関連がありながら、予想を裏切る。
それがポイントじゃないでしょうか。

職場で宴会に行ったとしましょう。
「えぇと、皆さん、グラスは行きわたりましたでしょうか?
では、グラスを手に持って頂いて…。
えー、格差社会と言われる現在、我々の業界でも
競争はますます激しくなってきております。
この不況を乗り切るためにも、皆さんの力が必要です。
力を合わせて戦っていこうじゃないですか!それでは。
勝って、勝って、勝ちまくるぞー!! …ざんぱーい!」
「負けちゃったよ!!」

…この例をどのように感じるかは分かりませんが、
明確な流れを作りながら言葉の関連性を持たせつつ、
予想を裏切っている形になっているとは思います。

その場の流れを捉えて、飛躍させるわけです。
通常とは違った見方をしないと、そういうことはできません。
視点を自由に変えられる能力が求められます。

それは物事を素直に、まっすぐ捉える見方とは異なります。
様々な角度で物事を捉える柔軟な見方ということです。

時には、斜に構えたような、皮肉っぽい見方となる可能性もありますが
素直なだけではユーモアが生まれにくいという性質もあるのです。

このように物事の見方を変えることをNLPでは
『リフレーミング』と呼びます。
ユーモアもまたリフレーミングの一種と考えられるわけです。

人生という物語

 

以上をまとめると、ユーモアを生み出すには
客観的に流れを読み取る能力と、予想を裏切るために物の
見方を変える能力が重要だということになります。

テレビで人気のお笑いの人たちも、
変わった物の見方をする人が多いように見えます。
また、バラエティ番組の司会者として抜擢されるのは、
場の流れを客観的に捉える能力の高い人が多いようです。

中には、広い視野と柔軟性の両方を発揮して、
様々な分野で活躍している人もいますが、
空気を読んで的確なコミュニケーションができる彼らの能力があれば
そうした活躍も納得のところかもしれません。

このようなユーモアという姿勢は
他人を楽しませるためだけのものではありません。

自分の体験に対してもユーモアをもって関わることができます。
自分のコンプレックスをユーモアの種にすることもできます。
自分の失敗談を笑い話に変えることもできます。
苦手な相手を笑い飛ばすユーモアもあるでしょう。

悩み苦しみ、深刻になり過ぎると、笑いが失われてしまいます。
自分の体験内容に没頭しすぎてしまっているのです。
視野が狭くなっているのです。

そのことをユーモアというリフレーミングで対処するならば
自分の体験内容から抜け出して、客観的に自分自身の置かれた
状況を眺めてみるのも良いでしょう。広い視野で自分の状況を捉える。

そして、それを違った見方をして笑い飛ばしてみる。
深刻になり過ぎるぐらいなら、ユーモアも大切です。

だからといって、全てをユーモアにしてしまうのも危険です。
自ら笑いのネタにしてしまうことで、直面することを避ける場合も出てきてしまいます。
過度なユーモアは自己防衛の手段にもなりかねません。

バランスが大切だということです。
何事にも没頭して、苦しみにまで入り込み過ぎてしまう素直な人は、
柔軟な物の見方を身につけて、笑い飛ばせる心の余裕を持つようにする。

客観的で柔軟な見方ができても、
物事にのめり込んで感動を味わいきれない人は
喜びや面白さを思いっきり味わって、心の底から大笑いしてみる。

他人を笑わせるユーモアの視点と
自分が笑い転げるユーモアの体験を
両方持てる柔軟性を身につけたいものです。

もちろん、今はとても笑えそうもないような状況だってあるでしょう。
そんなとき、ユーモアに焦る必要もありません。
無理やり、気持ちを切り替えようと頑張る必要もありません。

自分の苦しさから目をそむけようとするから
苦しんでいる自分に失望するのです。
苦しさに向き合ってみるのも有効な方法です。

怒りに身を震わせるなら、その怒りを感じつくしてみる。
怒りは、いつか前へ進むエネルギーに変わります。
悲しみに打ちひしがれるなら、その悲しみを感じつくしてみる。
涙は、いつか止まります。

いつか笑顔になったとき
過去は話のタネになるでしょう。

「人生、ネタ作り」。
中村文昭さんの言葉です。

大変な時期ほど、いずれ感慨深いエピソードになるのです。

人生は面白い。それもまた1つのユーモアかもしれません。

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