NLPを実践して活躍する卒業生たち

更新日2017.03
片岡 しづえパオラ

片岡 しづえパオラ

職業 専業主婦

■ 魔法の一言が私の人生を変えた

◆パラグアイから日本へ移住

私は、パラグアイで4人兄弟の3番目として生まれました。
祖父母は日本からの移民でパラグアイのジャングルを開拓し農園を経営、
父はフルーツを売る為スーパーマーケットを経営していました。
パラグアイで裕福な暮らしをしていましたが、
私が7歳の時に、突然母国である日本へ帰りたいと父が言いだし、
家族みんなで日本へ移住することに。
移住後は、言葉の心配もありましたが
母国語であるスペイン語も3ヵ月ですっかり日本語へと切り替わり、
日本の公立の小・中・高そしてホテルの専門学校を卒業した後、
名古屋のシティホテルに就職しました。


◆仕事での悩みがうつ病に

ホテルの業務は夜勤もあり、お客様への対応にも追われるハードな現場でした。
もともと、自分に厳しく、人にも厳しかった私は、
周りに対してトゲトゲしかったようで、対人関係がうまくいきませんでした。
後輩が仕事が出来ないと、出来ない意味が理解できず、イライラする日々。
今、振り返ると同僚にも後輩にももっと良い言い方があったなと思うのですが、
自分の中でうまく対処できず、
うまく対処出来ない自分にもイライラしていました。

ホテルで正社員として勤務していたのですが、
実は、一度退職しウェディングレストランで働いている時期がありました。
その時の会社から受けた評価に、
酷く傷つき自信を無くしてしまったんです。
当時、アルバイト、パートの人達をまとめるポジションにありましたが、
うまくコミュニケーションがとれず、悩んでいました。
毎日一生懸命、会社の為に業務に取り組み働いていましたが、
会社からの私の査定は、
「性格」の評価が下から2番目だったのです。
とても、ショックでした。
人の性格を数字で査定するなんて信じられない出来事でした。

その後、ホテルの仕事に戻るも、
ハードな仕事の上、夜勤もあり、
睡眠時間が1,2時間も当たり前の日々。
この先自分はいったいどうしたいのか先が見えなくなってしまい、
次第に心身共に疲れ果て「うつ病」を患い、
大好きだったホテルの仕事を辞めることになったのです。


◆治療に専念するも疑問を抱く日々

心療内科でうつ病と診断されると、薬を処方されました。
来る日も、来る日も薬を飲み続ける日々。
通院するも、診察して薬を処方されての繰り返し。
「これでは何の解決にもならないのでは?」
次第にそう思う様になったのです。
しかし、
心理学や自己啓発の本を読んでみたり独学で勉強するも、
解決の糸口を見つけることは出来ませんでした。

退職してからは、自宅で静養していました。
ですが、半年後には、すっかりお金が無くなってしまい、
考えた挙句、リゾートホテルで勤務することに。

その時期に自発的に受けた、
コミュニケーションの講座がきっかけで
プラクティショナーコースを受講することに決めたんです。
何か解決の糸口となるのではないかと感じました。

もともと完璧主義で、落ち込んだりすることの多かった私は、
気分転換の仕方が分かりませんでした。
自分のイライラの対処法も、
いったい何が問題なのかも分からなかったんです。
それらを知るきっかけになればと思いました。


◆ワークで気づかされたこと

プラクティショナーコースでは、
仲間とのワークを通して自分のことを話します。
幼少期を振り返るなどして、ワークをしていくのですが、
私の場合、不思議とどうしても父の話にたどり着くのです。

私は男の人を信用することが出来ず、
恋人が出来てもうまくはいきませんでした。
表面的な付き合いというか、心と心でつながることが難しいのです。
大人になっても、結婚願望は全くありませんでした。

振り返れば、私の父は子供のことに無関心で、
子供達との会話はなく、家の事は母に任せっきり。
学校行事に来てくれた記憶はありません。
そのせいか私は父と仲が悪く、
どうしても、父のことを好きになれませんでした。
それが、男性への不信感へと繋がっていたのです。

「本当は、私は父に愛されていないのではないか?」

心のどこかで不安でした。
その気持ちをワークで癒していくうちに、
本当はそうではなく、愛されていたのだと思えるようになりました。
父は不器用な人で、そういう接し方しかできなかったのだと思えたんです。


◆人生が変わった瞬間

私を救ってくれたのは、
椎名トレーナーの言葉でした。

コースの1、2回目は椎名トレーナーが担当でした。
授業の最後に、「人は修羅場で成長する」というお話をして下さった時に
いきなり私の方を見て、

「みなさん、片岡さんの笑顔を見て下さい。
あの笑顔はたくさんの修羅場を乗り越えてこないと出来ない笑顔です。」

と、おっしゃったんです。
2回目の授業でしたし、
それまで深いことを話した記憶はなかったのですが、
なんで私の事が分かるのかびっくりしました。
その瞬間に、
今まで抱えていたものがこみ上げ涙が溢れてきたんです。
椎名トレーナーの言葉がきっかけで目の前がパーッと開け、
私の生きる力となりました。

うつ病を患ってからは毎日が灰色でした。
今だから話せることですが、
実は「死にたい」と思っていました。
でも、そんな勇気もない私。
どうしようもなくて、
「誰か殺してくれないかな・・・」
と願うことすらありました。
そんな気持ちも、
椎名トレーナーの言葉が掻き消してくれたのです。


◆NLPを受講して人生が変わった!

NLPを受講して、
好きになれなかった父も
今では普通に話せるようになりました。

うまくいかなかった恋愛も、
自分から愛せるようになりました。
願望のなかった結婚も、
心の底から愛せる、
信頼できる今の旦那さんと出会い、
幸せに暮らしています。

私に、「性格」を下から2番目の評価をした
社長には本当に感謝にしています。
あの悔しさがなかったら、
きっと今でも私は傲慢で、
誰かを傷つけていたのだと思います。
査定を出した社長も、きっと勇気がいったと思います。

今まで辛いこともありましたが、
経験したおかげで見えたものがありますし、
経験したからこそ、
他人にかけてあげられる言葉もあるんですよね。
すべては、今の自分に繋がるのだと思います。

相談を受ける時もリフレーミングを使いながら、
表面的にではなく話をよく聴けるようになりました。
非言語の部分も感じ取ったり、
それとなく話を促してあげられるようになったり・・・
ねぎらいの言葉を掛けられるようになったと思います。

以前は、ネガティブな発言が多かった私も、
久しぶりに会った友人に、
「丸くなったね」
「話すと元気になる!」
と言ってもらえるようになったんです。

NLPを受講して、本当に人生が変わりました。


◆これからの目標を教えて下さい。

まだ、具体的には考えていないのですが、
ずっとホテルで勤務していたので、
ホテル業界でしか分からない辛さを知っている分、
サービス業界等で、そういった所に寄り添えればと思います。

昔は、友人が次々と自分の店を持っていくのを見て、
「天職」を見つけられた人が羨ましくて仕方なかったんです。
でも最近は、人には「時期」というものがあって
私にはまだ、
その時期が来ていないんだなと思えるようになり、
焦らなくなりました。
私も、その「時期」が来たら頑張ろうと思います。


◆受講を検討している方に、一言お願いします。

最初の1歩は勇気がいるかもしれませんが
興味があったら是非、踏み出してみて下さい。
何かは変わると思いますよ!
私は変わりました(笑)




Profile プロフィール
片岡 しづえパオラ
片岡 しづえパオラ

専業主婦
4人兄弟の3番目として南米のパラグアイで生まれる。
7歳の時に、父の希望で母国の日本に移住。
ホテルの専門学校を卒業した後、名古屋のシティホテルに入社。
3年間正社員で働くも、うつ病を患い退社。
半年間の静養の後、名古屋、長野、岐阜、箱根、浜名湖、京都等のリゾートホテル(旅館)で住み込みで働きながら自由気ままに暮らす。
現在は、結婚し京都で専業主婦。 

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